1944年10月18日、日本海軍は残存艦隊を注ぎ込んでフィリピン攻略中のアメリカ・ハルゼー艦隊を空母でおびき出し、戦艦と巡洋艦をレイテ湾に突入させて上陸船団を撃滅すべく「捷一号作戦」を発動する。オトリになる小沢艦隊(第3艦隊)は、瑞鶴、瑞鳳、千代田、千歳の4空母と伊勢、日向の航空戦艦、軽巡洋艦、駆逐艦を擁して10月24日にルソン島北東のエンガノ岬沖へ達し、全ての搭載機を発進させてハルゼー艦隊を攻撃するが戦果はなかった。翌25日の夜明けからアメリカ機動部隊の大編隊が5波にわたって襲い掛かり、空母3隻が撃沈されて航行不能となった千代田もアメリカ巡洋艦隊の砲撃により沈没した。空母の犠牲でハルゼー艦隊おびき出しに成功するが、主力部隊は突入せずに反転してしまう。 |
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1943年夏からガタルカナル島をめぐる激戦により高速駆逐艦も航空機の攻撃で消耗し、量産に適した電気溶接とブロック方式により短期間で建造できる簡易型の丁型駆逐艦が計画され、1944年4月に「松」が竣工して終戦までに32隻が完成した。1944年7月に竣工した5番艦「桑」は最小限の訓練期間で小沢艦隊に編入され、エンガノ岬沖海戦において空母「瑞鳳」を護って敵機と交戦して生還し、輸送任務に就いていたが12月3日にレイテ島南のオルモック湾でアメリカ艦隊と交戦して沈没した。 |