私の住む地区は、米軍横田基地の離着陸ルートにある。小学校低学年のころか、B‐50がいつも飛んでいた。子供の目で見てもB‐50は雑誌でみるB‐29によく似ていたのだが、私の祖母は「B‐29はもっと大きい」と言っていた。B‐50を大雑把に言えばB‐29のエンジンを換えて垂直尾翼を高くしたものだから、「B‐29はもっと大きい」はずはないのだけれども、祖母はそう言っていた。それほどに大きく見えたのだろう。また、東京空襲を経験した方の話しを聞いたときには、「操縦している人の顔が見えた」という。これはほかでも聞くセリフなので、経験したこともない私が否定しようとは思わない。 |
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B‐29といえば、小学生のころに近所の友だちの家へ遊びに行ったら、メッキで輝くB‐29の大きなプラモデルがあった。今、考えると、それは大滝製作所(オオタキ)の製品だろうと思う。30円とか50円のプラモデルを買っていたころなので、羨ましいというよりも対象外だった記憶がある。大きい、大きい、大きい、プラモデルだった。驚異的なものが大きく見えたのは、祖母も私も同じであった。 |