プラモデルを作り始めた頃から馴染みだった航空機メーカー「デ・ハビランド」の名称が、いつの間にか「エアコ」になっているのを知った時はビックリ仰天でした。調べてみたら、エアコは1920年に倒産した航空機メーカーで、同社は第一次世界大戦中にDH.2やDH.4、DH.9等を開発しましたが、その設計者が
社員のジェフリー・デ・ハビランドでした。倒産後に彼は資金を捻出してエアコの航空機部門を買収してデ・ハビランド社を立ち上げた経緯なので、なるほどエアコ表記が正解と納得しました。
DH.4は第一次世界大戦における最良の単発昼間爆撃機と言われています。
しかし操縦席と後部射手席が離れ過ぎた欠点があり、さらに両者の間に設置 された燃料タンクは、被弾すると炎上するので「燃える棺桶」という厄介な仇名
を付けられてもいました。 |
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1917年7月に初飛行したDH.9は、DH.4の改善を図ったもので、操縦席を後方寄りずらして射手席に近づけ、燃料タンクを操縦席の前に移設し、エンジンも
BHP(ビアードモア・ハルフォード・プリンジャー)200hpに換装しています。
ところがこのエンジンは信頼性に問題があり、4,091機も生産されましたが、性能はDH.4に劣る失敗作でした。そこでエンジンをロールスロイス・イーグル350hpやアメリカ製リバティ400hpに換装したDH.9Aを開発したところ、高性能機に変身したので、DH.9Aとして1918年8月に生産開始となります。しかしすぐ終戦で、1,977機の生産で終わりました。
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