Home  > <日本航空史>初風・東風の訪欧大飛行>コラム>2019年1月号 

誌上個展

<日本航空史> 初風・東風の訪欧大飛行

  by 加藤 寛之
プラモデル コラム

 新年にふさわしい朝日マークの「神風」号が、ファインモールドから1/48キットで発売された。既に「神風」号は扱っているので、今回はその前段階の出来事を選んでみた。
 昭和初期のころ、新聞各社は自ら話題をつくって大衆の意識を集め、それで販売部数を伸ばす事業展開を行なっていた。その一つが「大飛行」への挑戦であった。第一次世界大戦で飛行機が飛躍的に発達したとはいえ、長距離飛行は危険を伴う未開拓の領域だったのである。

初風と東風


 朝日新聞は、大正14年が明けると同時に「欧州訪問大飛行」を発表した。飛行計画は、モスクワ経由でパリを目指すのだが、このころソ連は各国にシベリア飛行を認めていなかった。何としてもシベリアを通過するための飛行許可を得る必要があった。そこで、とりあえずモスクワを目的地にした。パリが目的地であることは誰が見ても分る計画でもあったが、まずモスクワを目的地にする。そこでソ連の気持ちを探ってさらにパリを目指すという、国際関係を反映した計画ではあった。使用機は、ブレゲー19A2型を改造した2機であった。国産機には妥当な飛行機はなく、一方でブレゲー19型には実績があったのだ。また2機であれば、どちらかが成功できる可能性が高かったからだ。   機体の名前は朝日新聞紙上で公募した。3万7067通の応募があったという。欧州への初めての飛行なので「初風(はつかぜ)」、極東から西欧への飛行なので「東風(こちかぜ)」に決まった。
 途中は割愛するとして、東京の代々木を大正14年7月25日に出発、8月23日モスクワ到着、ベルリンには初風が9月17日、東風は翌日到着。パリ到着は9月28日だった。飛行計画はさらに延伸してロンドン、ローマにも行っている。表敬訪問飛行なのでゆったりとした日程ではあるが、2機の大飛行は成功した。



 朝日新聞社は、計画発表から大キャンパーンを展開して大衆の意識を高めており、終わってからも『訪欧大飛行誌』という記念誌を発行している。訪欧飛行の計画から実施、帰国、その評価をまとめた記録集で、厚さは5センチもある。重厚な装丁で、この大飛行成功に大いに誇りを持っていたことが感じられる。表紙は濃緑色で、「初風」「東風」の機体色にあわせたものだという人もいる。  記念誌は「日本製で飛び度い希望はあった。然し遺憾なから其の機運に向いて居らなかった」と、当時の日本の技術的現状にあっては輸入機の採用が最善の選択であったことも記している。これが後日の国産機「神風」号での挑戦へと結びついていく。

 掲載写真は、日本らしい神主様のお払いの様子と、機体の色が分る当時の彩色絵はがき。


  Home ><日本航空史>初風・東風の訪欧大飛行>コラム>2019年1月号 

Vol.125 2018 January .   www.webmodelers.com /Office webmodelers all right reserved / editor Hiromichi Taguchi
                  田口博通 / 無断転載を禁ず/  リンクフリー
「webモデラーズ について」 「広告のご出稿について」

プラモデル模型製作記事


TOTAL PAGE