Home  > <日本航空史> 日本航空 うるわしの フェアチャイルドFC-2>コラム>2024年11月号 

誌上個展

<日本航空史> うるわしの フェアチャイルドFC-2

  by 加藤 寛之
プラモデル コラム



 飛行機好きの人でも「フェアチャイルドFC-2って何だっけ?」が、普通だと思う。実は、私も名前では思い出せない飛行機だ。昭和3(1928)年に日本へ売り込みにやってきた多用途機だそうで、現代ではほぼ確実に非有名機だと思う。それをなぜ採りあげるのかというと、この飛行機の同一の古写真をよく見かけるからだ。よく、といっても、その時代の飛行機にしてはだが、よく見る飛行機ならばその理由があると思う。さて、それは何だろうかと考えてみた。
 写真の現存数が多いのは、普通に考えれば当時に出回った数が多いということだ。そこで出版協同社『日本航空機総集 輸入機篇』(1972年)を開いてみた。データ部分を除いた解説はわずかに5行だけだが、そこにフェアチャイルド社の社長ともう1名売り込みに来日し、所沢と霞ヶ浦で実験されたとある。それならば所沢飛行場出入りの喜多川写真館が陸上機仕様を撮って、その写真を焼いて販売したのだろうと想像できる。複葉機が多いなかで、このスタイルは新鮮だ。今日の感覚で普通に見えるのは、その後の軽飛行機がこの形式を踏襲したからだろう。しかもこの飛行機は、主翼を後ろに折り畳めるそうで、全幅3.96mに収まるそうだ。格納庫というよりも倉庫とか物置にしまって置ける飛行機らしい(アメリカなら、そのまま引っ張って動かす?)。本「日本航空史」でBFW 108b タイフーンを扱ったときに主翼が折り畳めるようだと書いたが、狭くなることは小さな飛行機には大事な機能なのだろう。そんなこんなで、写真が売れるだけの特徴のある飛行機だったのか。
 この時代の注目すべき飛行機ならばこの方が何かを書いているだろうと佐貫亦男氏のヒコーキエッセイ著作を探ってみた。ありました!『続々・飛べヒコーキ』(光人社NF文庫)に「フェアチャイルド輸送機 うるわしのフェアチャイルド」で載っていた。FC-2の前にFC-1という機体があって(まあ、そうだろう)、それは写真撮影用の飛行機だった。その生産型がFC-2らしい。「FC-2の生産第1号機はアメリカ商務省が購入して、1927年、大西洋を横断したリンドバーグのアメリカ国内訪問飛行に同行した」とある。言われてみればリンドバーグのライアン機はよく似ていて、同時代の飛行機ということだろう。私が想像したとおり、この時代をよく知る佐貫亦男氏にとっては、エッセーに載せるべき飛行機だった、「うるわしの」と冠するほどに。
 掲載は私が持っているうちの1枚だが、他にも同じ写真を持っている。どれもまとめて入手したなかに偶然入っていたもので、この飛行機の写真を買ったのではない。


  Home  ><日本航空史> 日本航空 うるわしの フェアチャイルドFC-2>コラム>2024年11月号

Vol.195  2024 November.    www.webmodelers.com /Office webmodelers all right reserved /
 editor Hiromichi Taguchi 田口博通 /無断転載を禁ず  リンクフリー

「webモデラーズ について」 「広告のご出稿について」

プラモデル模型製作記事

11月号 TOTAL PAGE view