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<日本航空史> お戻りになった航空神社
~「運び出された航空神社」その後 ~
by
加藤 寛之
プラモデル コラム
「Webモデラーズ」2014年10月号の<日本航空史>は、現在の航空自衛隊入間基地が陸軍航空士官学校であったころそこにあった「航空神社」の終戦直後の状況と、その後に昇天慰霊の儀を行い航空神社の神格は消滅したことまでを紹介した。
令和6年、航空神社は所沢市小手指の北野天神社境内にお戻りになられた。北野天神社ホームページ「所沢の航空神社とは」にその間のことが書かれている。一部を転載させていただく。
「残されたご祭神は相殿する小手指神社の御霊みたま(地元小手指地域の戦没者)とともにお祭りしておりました。奈良の航空自衛隊幹部候補生学校に奉案された霊位牌と霊名簿は、入間基地の修武台記念館が設立され整備も着々と進んできたのを機に、昭和63年に奈良基地から入間基地の修武台記念館にお移りになられました。」
「令和6年、徳川好敏氏の云う「因縁」、菅原道大氏の云う「奇縁」、また、その御縁を繋げて下さった皆様の力強いご尽力により、御霊が北野天神社内航空神社にお戻りになり、再び例祭を斎行する事となりました。」
令和7年4月13日の航空神社例祭に行ってみた。以前に「航空神社跡」標があったところに、戻られていた。航空神社の前には竹で組まれた実物大のファルマン機が飾られていた。
今年の4月13日は雨で、例祭は社殿で執り行われた。「どなたでもご参列いただけます」とあるとおり、自衛隊関係者だけでなく、航空を大切に思う人、近所の方々まで数十人が集まり、私も参列させていただいた。厳かさとともに、宮司さんによる舞も奉納された。
所沢市小手指の北野天神社は、西武池袋線「小手指」(こてさし)が最寄り駅。令和7年には、桜の咲く夜にライトアップの下で宮司さんによる舞と龍笛演奏も行われている。近くまでバスもあるが、歩いても20分くらいとか。駐車場はそれほど大きくないから、行事のあるときは配慮が必要だ。
なお、広く航空神社や飛行機関係の信仰は、長沢利明『江戸東京の庶民信仰』(講談社学術文庫)2019年 にいろいろ載っている。
参照:「Webモデラーズ」2014年10月号 <日本航空史>「運び出された航空神社」
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