WW2においてアメリカ海軍における戦闘機メーカーとしてトップの座にあったグラマン社はその地位が災いしてWW2後のジエット機開発にはノースアメリカンやヴオートに後れを取っていた。そのグラマン社が挽回するために開発したF9Fパンサーは1947年11月に初飛行した。
1949年に本格量産型のF9F-2が実戦部隊に配備され多くの空母航空団に展開した。
1950年6月に勃発した朝鮮戦争では首都ピヨンヤンへの初空襲から参戦し攻撃隊のエスコートや戦闘空中哨戒およびジエット機の高速性を生かした地上攻撃と1953年7月27日の停戦まで縦横無尽に活躍した。 |
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この間の損失は北朝鮮の対空砲火による63機で空中戦での損失が無いことは特筆に値する。
F9F-8諸元
全長:12.69m
全幅:10.52m
全高:3.73m
搭載エンジン:P&W J-48-P-8A(3.990kg)1
最大速度:895km
武装:20mm機関砲×4
爆弾等:900kg
乗員:1名 |