Home >CARRIER AIR WING FIVE CVW-5 第21話 


CARRIER AIR WING FIVE

CVW-5

Part21                                  Photo. U.S. NAVY

by Kiyoshi Iwama

Tip of the Sword” 、CVW-5のハンガーに描かれた彼らのスローガンである。空母を守る剣の先は、彼ら自身であり、「剣の先の如く鋭くあれ」と戒めている。またそれは遠く母国を離れ、太平洋の西岸に置かれた剣の先をも意味するように思われる。海外を拠点とする米海軍唯一の空母航空団としてCVW-5が厚木基地に本拠地を置いて、35年が過ぎた。その間、飛行隊の編成や使用する航空機も大きく変わり、その年月の長さを感じさせる。もう少しで在日40年を迎えるが、そのとき彼らは、その記念日を岩国基地で迎える。
我々飛行機ファンを大いに楽しませてくれたCVW-5であるが、厚木基地での活動も残り少なくなった。これを機会に、CVW-5のこれまでを振り返ってみたい。

これまでのあらすじ

資料記事
第20話 インディペンデンスからキティー・ホークへ
第19話 イラクを睨む
第18話 ミッドウェイからインディペンデンスへ
第17話 湾岸戦争とミッドウェイの退役
第16話 ホーネット時代の到来
第15話 Midway Magicとファントム時代の終焉
第14話 再び平和に
第13話(Rev.B) 日本へ 
第12話(Rev.C) ヴェトナム戦争(後編)
第11話(Rev.C) ヴェトナム戦争(中編-3)
第10話(Rev.C) ヴェトナム戦争(中編-2)
第9話 ヴェトナム戦争(中編-1)
第8話 ヴェトナム戦争(前編)
第7話 東西冷戦、朝鮮戦争後
第6話 朝鮮戦争(後編)
第5話 朝鮮戦争(中編)
第4話 朝鮮戦争(前編)
第3話 朝鮮戦争勃発
第2話 ジェット時代の夜明け
第1話 誕生

第21話 テロとの戦い、始まる

 8月7日、日本からは遠く離れたアフリカのケニアのナイロビ、及びタンザニアのダルエス・サラームにある米国大使館がトラックによる爆弾テロ攻撃を受け、合わせて252名が死亡、5000名以上が負傷するという事件が起こった。イスラム原理主義過激派「イスラム聖戦機構」がこの犯行声明を行ったことから、米国政府はアルカイダを率いる、ウサマ・ビン・ラディンの仕業と断定し、8月20日に、アフガニスタンにあるアルカイダのイスラム過激派の訓練キャンプ3ヵ所と、爆薬の製造元と断定されたスーダンの化学薬品工場に巡航ミサイル BGM-109トマホークによる報復攻撃を加えた。しかし後者については、破壊された工場からは夜警の死体が1体発見されたのみであった。確証のないこうした反撃に対し、イスラム過激派による米国への反感は益々助長されていった。

1998年8月10日、空母キティー・ホークとともに日本に戻ってきたCVW-5の各機には、既に”USS Kitty Hawk”の文字が描かれるとともに、CAG機には8月29日と30日に計画されていた”WINGS 98”に向けてのカラフルなマーキングが施されていた。しかしながら、アフガニスタンとスーダンでのテロへの報復攻撃により、予定されていた厚木基地の公開は延期となる。秋のクルーズ後という情報も流れたが、結局この年は開催されずに終わる。

秋の演習の季節がやってきた。9月30日には米韓合同演習”Foal Eagle 98”に参加するため、空母キティー・ホークと随伴艦は横須賀を出港、CVW-5もジョイントし朝鮮半島沖を目指す。10月5日、CVW-5は在日25周年を洋上で迎えた。そして10月12日から15日までキティー・ホークはCVW-5を載せ釜山港に寄港する。”Foal Eagle 98”には10月24日から11月2日まで参加、その後海上自衛隊との日米合同演習”ANNUALEX 98”にも参加し、11月13日に横須賀に帰還した。洋上展開時にCVW-5と行動を共にしてきたVQ-5 Det.5のES-3Aは、今回のクルーズを最後に引退することが決まっており、2機のES-3Aは三沢基地帰還後、アリゾナ州のデイビスモンサン空軍基地へ送られ、モスボール処理された。ES-3Aについてはアップデート計画もあったが、費用対効果の点からキャンセルされ、その電子偵察ミッションは足の長い陸上機、EP-3E Aries IIに引き継がれた。このクルーズでのCVW-5の編成を表21-1に示す。


表21-1 1998年9月30日~1998年11月13日の西太平洋展開時のCVW-5編成


横須賀に帰還した空母キティー・ホークには、最古参艦に与えられる”First Navy Jack”の授与式が待っていた。キティー・ホークも既に艦齢37年に達する船であり、その年を考えると後継艦の問題も浮上してくる。既に米国は通常型の空母建造計画はなく、通常型空母は退役の決まっているCV-64 “USS Constellation” とCV-67 “USS John F. Kennedy” しかない。空母航空団の機種更新に伴う、空母改修費用なども考えるとキティー・ホークの後継艦は原子力空母とならざるを得ない。米国では既に検討が進められており、10月に明らかとなった米会計検査院(GOA)の報告書では、「太平洋区域(横須賀基地)へ配備された空母1隻は、西海岸に配備されている空母6隻分に匹敵し、この地域への継続的な空母配備が必要」と訴え、「原子力空母配備のための埠頭の延長や原子力推進装置の修理など大規模な設備の増強が必要」と結論付けられていた。



黄色い脚が一段と鮮やかなVFA-192のF/A-18C(164954/NF403)


ボムラックを装着したVF-154のF-14A (161293/NF103)


Sta.8BのパイロンにAN/AAQ-14 LANTIRN Podを搭載したVF-154のF-14A (161610/NF111


カラフルな尾翼のVAW-115のCAG機となるE-2C(165295・NF600)

 この時期、厚木での訓練に励むCVW-5機

上から、黄色い脚が一段と鮮やかなVFA-192のF/A-18C(164954/NF403)、ボムラックを装着したVF-154のF-14A (161293/NF103)、Sta.8BのパイロンにAN/AAQ-14 LANTIRN Podを搭載したVF-154のF-14A (161610/NF111)、そしてカラフルな尾翼のVAW-115のCAG機となるE-2C(165295・NF600) またこの時期、VF-154のF-14Aにはディジタル・フライト・コントロール・システム(DFCS)の改修が施されつつあり、確認飛行を行う機体も見られた。
写真: 筆者撮影(1998年11月23日) 


年の暮れの12月17日の深夜、”Operation Desert Fox”と名付けられたイラクへの攻撃作戦が、米英両軍によって始められた。攻撃の理由は、国連大量破壊兵器廃棄特別委員会(UNSCOM)の査察へのイラクの妨害行為に対する制裁とのことである。この作戦は12月20日には終了したが、国連、あるいは国連安保理の承認もなく実施されたこの攻撃に、各国から非難の声が上がった。

CVW-5の飛行隊は、年末から春先まで、春のクルーズに出発するまでの間、厚木をはじめ、硫黄島、グアムで訓練を行うが、年が明けた1999年1月11日、ネバダ州のNAS Fallonの海軍攻撃・航空戦センター(Naval Strike and Air Warfare Center: NSAWC)の教官11名が来日し、厚木基地で5日間の講座を開いた。本国から離れ、トップガンの教育を受ける機会の少ないCVW-5のアビエータ達にとっては貴重な機会で、教官たちの話に熱心に聞き入った。またそれに続き、バージニア州のNAS OceanaでF-14の戦術教育を受け持つ大西洋攻撃兵器・戦術学校(Strike Weapon and Tactics School Atlantic: SWATSLANT)の教官も来日、VF-154のF-14Aのアビエータ達に座学と実機による戦技訓練を行った。この際F/A-18Cをボギーに見立てた空対空戦闘訓練も実施され、F-14のみならずF/A-18のパイロットにとっても戦技向上の絶好の機会となる。
 
3月2日、空母キティー・ホークは来日して初めての長期クルーズに、随伴艦とともに横須賀を出港。太平洋に出てCVW-5の艦載機を収容した後、まず太平洋統合軍の演習、”Tandem Thrust’99”へ参加するためグアムへと向かった。この演習は不測の事態への対応に備えた大規模なもので、太平洋地域に展開する米陸、海、空軍と海兵隊、ならびにオーストラリア軍、カナダ軍も参加し、グアムとマリアナ諸島周辺近海にて、3月15日から4月4日にかけて実施された。キティー・ホークを旗艦とする第5空母戦闘群は3月26日から4月3日の間この演習に参加、その後グアムに戻った後、インド洋を経由し、ペルシャ湾に向かう。
この時のCVW-5の編成を表21-2に示す。


表21-2 1999年3月2日~8月25日の西太平洋、インド洋、ペルシャ湾展開時のCVW-5編成


  4月20日にペルシャ湾に入り、ペルシャ湾では、インディペンデンス時代と同様に”Operation Southern Watch”に参加、イラク南部に設定された飛行禁止区域“No-Fly Zone”の査察に従事する。ペルシャ湾での116日間にCVW-5の飛行クルーの総飛行回数は8,800回に及び、そのうち約1,300回が戦闘飛行であった。また投下した兵器の総量は20トンを超えており、その中には滑空誘導爆弾(JSOW:Joint Stand Off Weapon)やレーザー誘導爆弾など、精密誘導兵器も含まれていたとのことである。一方、ペルシャ湾に展開中の6月2日、輸送ミッション中のHS-14のHH-60Hが遭難者1名を救助し、キティー・ホークまで連れ戻った。また6月15日には、キティー・ホークに帰投中のVF-154のF-14A(161299/NF101)がエマージェンシー・コールを発し、クルー2名がベイル・アウト。救助のためキティー・ホーク戦闘群のミサイル巡洋艦”USS Chancellorsville” (CG-62)に派遣されているHSL-51のSH-60Bが出動、ペルシャ湾に漂うパイロットとRIOを無事救出している。こうしてOperation Southern Watchでのミッションを終えたキティー・ホーク戦闘群はセオドア・ルーズベルト戦闘群と交代、7月15日にペルシャ湾を後にし、帰路に就いた。そしてオーストラリアのフリーマントル、タイのパタヤ・ビーチに寄港し、8月25日に横須賀に帰還している。CVW-5の飛行隊は22日ころからフライインを始めていたが、その大半はキティー・ホーク横須賀入港前日の24日に厚木へとフライインした。





1999年5月13日、”Operation Southern Watch”に参加し、CVW-5を載せ英国海軍の油送艦RFAブランブルリーフ(A81)と
ペルシャ湾を航行する空母キティー・ホーク(CV-63)
出典: U.S. Navy Official Photo Archive


 またこのフライイン直後の8月30日、NAS Whidbey IslandからEA-6B 4機が厚木へトランスパックされてきた。VAQ-129からVAQ-136に補充されてきたもので、フライインしてきた5機のEA-6Bのうち4機と交代している。空母航空団のVAQには5機のEA-6Bが配備されるようになったが、新たに設けられた空軍と統合運用する電子戦飛行隊にEA-6Bを回すことになったことから機体が不足するようになり、再度4機体制に戻された。しかし海外に展開するVAQ-136には補給上の問題もあり、5機体制を維持していた。またEA-6Bの補充機が飛来した1か月後の9月23日、今度は2機のS-3BがVS-21の補充機として厚木へ飛来している。

さて春のクルーズからCVW-5が戻ってくると開催される厚木基地の公開であるが、1998年はアフリカのテロ事件の影響もあり中止となったが、この年は復活し、9月25日、26日の2日間、”WINGS ‘99”として開催された。前回が中止されたこともあり大勢の見物客が押し掛け、広いエプロンも人で埋まった。そのエプロンにはCVW-5のCAG機をはじめ、米空軍、海兵隊、自衛隊などからの応援展示もあり来場者の目を楽しませたが、何といっても期待されたのはCVW-5機による展示飛行であった。




①CVW-5機16機によるダブル・ダイヤモンド編隊飛行


②VF-154のF-14A 3機の編隊飛行


③水平360°旋回を見せるF-14A(161610/NF111)によるソロのデモフライト


④水平360°旋回を見せるF-14A(161610/NF111)によるソロのデモフライト


⑤VS-21のS-3BとVAQ-136のEA-6Bとによる空中給油デモ


⑥VFA-195のF/A-18C 4機によるダイヤモンド編隊飛行


⑦HS-14のHH-60H(164842/NF617)によるデモフライト


⑧VFA-192のF/A-18C(164973/NF312)による高迎え角での低速飛行デモ

“WINGS ‘99”でのCVW-5機によるデモンストレーション・フライト

上より順に、①CVW-5機16機によるダブル・ダイヤモンド編隊飛行、②VF-154のF-14A 3機の編隊飛行、③④水平360°旋回を見せるF-14A(161610/NF111)によるソロのデモフライト、⑤VS-21のS-3BとVAQ-136のEA-6Bとによる空中給油デモ、⑥VFA-195のF/A-18C 4機によるダイヤモンド編隊飛行、⑦HS-14のHH-60H(164842/NF617)によるデモフライト、⑧VFA-192のF/A-18C(164973/NF312)による高迎え角での低速飛行デモ
写真: 筆者撮影(1999年9月25日)


秋になると恒例の米韓合同演習”Foal Eagle”、及び海上自衛隊との共同訓練”ANNUALEX” が行われるため、空母キティー・ホークは10月22日に日本海に向け横須賀を出港、CVW-5の艦載機も太平洋上を進むキティー・ホークに向け22日から26日かけ、厚木を飛び立った。”Foal Eagle 99”は10月26日から11月5日にかけて行われ、韓国軍が50万人、米軍からも3万人以上が参加するという大規模なものとなった。この年の演習は、主に戦闘後方地域での防衛作戦と共同作戦における、C3(指揮、統制、通信)システムの動作確認を目的として実施されたもので、Hawk/Fiveチームは、この演習に10月30日から11月2日までの3日間参加した。その後日本海を離れたHawk/Fiveチームは、11月4日と5日を東シナ海で、また11月6日と7日を太平洋で、海上自衛隊の艦艇、潜水艦、及び航空機との共同演習”ANNUALEX 11G”を実施し、両軍の連携強化を図った。訓練終了後、横須賀に向かい、CVW-5は11月8日、9日に厚木へフライインし、キティー・ホークは10日に横須賀に入港している。この2つの演習を実施した3週間でのCVW-5のソーティ数は約1,200回に及び、1,000回近い夜間着艦も無事故で終えた。




“Foal Eagle 99”演習中の1999年10月31日、空母キティー・ホークから発艦するVF-154のF-14A
出典: DoD Photo(991031-N-0492M-001)

11月30日、厚木基地ではVS-21のS-3Bが機体交換のため、トランスパックに出発した。今回の機体交換は、9月に交換された2機を除く全機という大幅なものであった。この補充には、CV-64空母コンステレーションに搭載されていたVS-38の機体が充てられ、ハワイからVS-21のクルーがフェリーし、12月11日から順次厚木に到着している。空母が定期修理に入る時期には、補充機が多いようで、この他にも、12月15日にVF-154へのF-14A(161267)や1月24日のE-2C(165296)の飛来があった。

CVW-5は、空母キティー・ホークの海上公試と空母適合性確認に合わせ、2000年2月13日から17日にかけて厚木と横田と岩国の各基地に分かれて陸上空母着艦訓練(Field Carrier Landing Practice: FCLP)を実施した。本来なら硫黄島での実施となるはずであったが、国内での実施となり、夜間の訓練も含まれるため、騒音苦情が殺到する。

一方、11月15日から約3カ月の定期修理に入っていた空母キティー・ホークはオーバーホールも終わり、海上公試 とCVW-5の空母適合性確認のため2000年2月23日に横須賀を出港、CVW-5を載せフィリピン海域へと向かった。キティー・ホークは3月6日に横須賀に戻り、その1ヶ月後の4月11日、西太平洋へのクルーズに向かうため随伴艦2隻とともに再度横須賀を出港し、グアムへと向う。この時のCVW-5の編成を表21-3に示す。


表21-3 2000年4月11日~6月5日の西太平洋展開時のCVW-5編成


 4月15日、空母キティー・ホークはグアムのアブラ港に入港する。CVW-5のVF-154、VFA-27、VFA-192、VFA-195そしてVAW-115の各飛行隊は、キティー・ホークより一足先にグアムのアンダーセン米空軍基地に展開し、戦闘・攻撃訓練に励んでいた。キティー・ホークもグアムではシー・スパローの発射訓練などを行っており、4月27日にはCVW-5を載せグアムを出発している。グアムを出た後はフィリピン海、南シナ海を通過し、5月6日にシンガポールに寄港、その後、タイに向かい、5月13日にタイのパタヤ・ビーチに入港した。タイではタイ海軍、及びシンガポール海軍が参加しての合同演習”Exercise Cobra Gold 2000”に参加する。




写真左はグアムのアブラ港に停泊する空母キティー・ホーク(2000年4月18日)
、写真右は”Cobra Gold 2000”の演習中、南シナ海で駆逐艦オブライエン(DD-975)に補給するキティー・ホーク(2000年5月21日)
出典: U.S. Navy Official Photo Archive


演習はタイ湾で5月9日から23日までの間実施され、CVW-5の艦載機のF-14とF/A-18の飛行隊はタイのコラート空軍基地に展開、タイの実弾射爆訓練レンジで攻撃訓練を行うとともに、シンガポール空軍、タイ空軍、米空軍、及び米海兵隊の戦闘機部隊との空戦訓練も行った。一方、VAW-115のE-2Cは訓練期間中を通し早期警戒ミッションに就き、模擬敵機の発見と僚機の管制誘導役をこなす。また演習の途中の5月20日、空母キティー・ホークは太平洋軍司令官(CinCPac)のFargo提督の訪問を受けている。この演習期間中のCVW-5のソーティ数は、訓練飛行も含めると2,102回に及んだ。タイを後にしたHawk/Fiveチームは南シナ海を北上し、香港で小休止の後6月5日の早朝、約2か月のクルーズを終え母港横須賀に入港した。CVW-5の各飛行隊は6月1日から4日にかけ、順次厚木にフライインし、フライト・クルー達も久しぶりの家族との再会を喜んだ。

CVW-5が厚木へフライインした1か月後のまだ梅雨明けやらぬ7月1日と2日、航空ファンの待望の”WINGS 2000”が厚木基地で開催された。予想に反しての好天となり、大いに賑わった。相変わらず多くの地上展示機にも魅了されたが、エアー・ショーも、米陸軍のパラシュートチーム”Golden Knights”のパラシュート降下に始まり、民間のアクロバットチームの飛行、そしてCVW-5のダイナミックなデモフライトと、こちらも目の離せない演技が続いた。CVW-5のフライトでは訓練不足もあり、観客期待のダブル・ダイヤモンド編隊は見送られたものの、迫力あるF-14AやF/A-18Cのソロ演技が、これをカバーした。主催者側の発表では、2日間の入場者が55万人に達したとのことである。



①尾翼にニックネームの黒騎士のマークが入ったVF-154のF-14A(161621/NF100)

②VFA-27のF/A-18C(164045/NF200)

③VFA-192のF/A-18C(164899/NF300)

④尾翼に大きなチッピー・ヘッドを描いたVFA-195のF/A-18C(164968/NF400)

“WINGS 2000”に展示されたCVW-5戦闘機部隊のCAG機

上より①尾翼にニックネームの黒騎士のマークが入ったVF-154のF-14A(161621/NF100)、②VFA-27のF/A-18C(164045/NF200)、③VFA-192のF/A-18C(164899/NF300)、④尾翼に大きなチッピー・ヘッドを描いたVFA-195のF/A-18C(164968/NF400)
写真: 筆者撮影(2000年7月1日)



①機首に派手なマーキングを描いたVAQ-136のEA-6B(160707/NF500)

②VAW-115のE-2C (165295/NF600)

③テイルブームに白頭鷲が描かれたHS-14のSH-60F(164797/NF610)

④ブラックテイルのVS-21のS-3B(158872/NF700)

⑤前年のWINGS ‘99にも参加した韓国に展開する5RS/9RWのU-2S(80-1073)

“WINGS 2000”で展示されたCVW-5の残るCAG機と外来機

上より①機首に派手なマーキングを描いたVAQ-136のEA-6B(160707/NF500)、②VAW-115のE-2C (165295/NF600)、③テイルブームに白頭鷲が描かれたHS-14のSH-60F(164797/NF610)、④ブラックテイルのVS-21のS-3B(158872/NF700)、⑤前年のWINGS ‘99にも参加した韓国に展開する5RS/9RWのU-2S(80-1073)
写真: 筆者撮影(2000年7月1日)


空母キティー・ホークの約3ヶ月の定期修理が終わり、9月26日、恒例となった秋の米韓合同演習”Foal Eagle 2000”、海上自衛隊との日米合同演習”ANNUALEX 2000”への参加のため、日本近海のクルーズへと出発する。CVW-5の艦載機の厚木フライオフは、空母が日本近海にいることもあり、9月29日から10月1日にかけてとなり、厚木を飛び立った各機は太平洋を南下するキティー・ホークへと向かった。沖縄近海で艦載機の空母への適合性確認を行った後、日本海へ入り第5空母戦闘群としての総合訓練を実施した。そして津軽海峡を通過して太平洋に入り、Hawk/Fiveチームは10月13日から16日まで、北海道の小樽港に寄港する。1997年8月に空母インディペンデンスが寄港して以来、米空母2度目の小樽寄港である。10月16日に小樽を発って、”Foal Eagle 2000”に参加するため、Hawk/Fiveチームは再度日本海へと向かう。日本海を南下中の10月17日、ロシアの戦闘機、Su-24フェンサーとSu-27フランカーが突然、キティー・ホークの上空に姿を現し、航過していった。本来なら向かってくるロシア機に対し要撃機を発進させるが、このときはトラブルのため、要撃に失敗している。ロシア機はその後も10月22日、11月9日に飛来しているが、その際にはVF-154のF-14Aが要撃にあたった。




夕日を背景に、CVW-5を載せ太平洋を進む空母キティー・ホーク(CV-63)
出典: U.S. Navy Official Photo Archive(2000年10月6日)


その後Hawk/Fiveチームは朝鮮半島沖で10月25日から始まった”Foal Eagle 2000”に参加する。この演習中CVW-5のF/A-18C飛行隊、VFA-27,VFA-192、及びVFA-195は、米韓地上軍への近接航空支援と敵地への侵攻ミッション、F-14A飛行隊のVF-154は前線での空中航空指揮と防空ミッション、EA-6B飛行隊のVAQ-136は米韓空軍の航空機への電子戦支援、SH-60F/HS-60H飛行隊のHS-14は対潜水艦作戦と海軍の特殊部隊”SEALS”への支援、S-3B飛行隊のVS-21は米韓海軍艦艇への対潜と対水上艦戦闘支援に加え、艦載機への空中給油ミッションを、そしてE-2C飛行隊のVAW-115は演習空域での早期警戒と指揮統制を担当する。さらにC-2Aを運用するVRC-30 Det.5は兵站支援を担当し、部品の補給などのため、空母と日韓の陸上基地間を飛び交った。演習の終了する前日の11月2日、Hawk/Fiveチームは第7艦隊の随伴艦とともに釜山港に入港する。

釜山で小休止の後、次なる日米合同演習”ANNUALEX 12GX”と”Exercise Keen Sword”へ参加するため、日本海から太平洋へと向かう。これらの演習中の11月13日、”Operation Keen Sword”に参加していた米空軍三沢基地所属第35戦闘航空団(35thFW)のF-16CJとF-16Cが日本海上で空中衝突する事故が発生し、キティー・ホークとCVW-5は、脱出したパイロットの捜索・救助に向かった。幸いにもF-16CJを操縦していた第35運用群司令官ミッチェル J. レッパー大佐が、航空自衛隊千歳救難隊のUH-60Jに救助されるが、いろいろ手を尽くしたにもかかわらず、F-16Cのパイロットは発見できなかった。その後Haw/Fiveチームは帰途につき、CVW-5は11月15日、16日に厚木にフライインしている。一方、キティー・ホークが横須賀に帰港したのは11月20日であった。

年末の12月1日、CVW-5のホームベースである米海軍厚木航空施設(NAF Atsugi)が、創設50周年を迎え、基地内ではこれを祝う各種イベントが開催された。

年が変わり、世界中が新世紀を迎えた。太平洋を隔てたカリフォルニア州のNAS Lemooreでは、VFA-122 “Flying Eagles”によって、21世紀の海軍航空をの一翼を担う、F/A-18E/F “Super Hornet”の空母航空団配備への準備が着々と進められていた。そして”Operation Southern Watch”でCVN-72 “USS Abraham Lincoln”と共にペルシャ湾に展開していたCVW-14所属のVFA-115が、最初のスーパー・ホーネット飛行隊へと移行することが決まっていた。また機体の老朽化が進むF-14の飛行隊も順次F/A-18E/Fへの機種更新が計画されており、CVW-5のVF-154も対象に含まれていた。しかしながら、VF-154については、転換の時期、あるいは転換後VFA-154としてそのままCVW-5に留まり続けるのか、それとも新しい飛行隊と交代となるのか、この時点では明らかにされていなかった。

さて飛行甲板の張替えや機材の交換など、オーバーホールを受けていた空母キティー・ホークは、海上公試や空母適正確認も終え、3月2日に約3カ月間の西太平洋クルーズへと横須賀を出発する。CVW-5の艦載機を収容した後、一行は太平洋岸沿いに南下し、沖縄近海からフィリピン海、南シナ海と通過して3月22日にはシンガポールのチャンギ海軍基地に入港する。チャンギ海軍基地は2000年12月に完成したばかりの先進的設備を備えた海軍基地で、大型艦が停泊できる水深の深い埠頭を備えており、キティー・ホークはこの埠頭に停泊する最初の空母となる栄誉を手にした。

シンガポールでの休息後、Hawk/Fiveチームは随伴艦とともに、タイ、そしてグアムへと向かう。その後再びフィリピン海を通り、オーストラリア、カナダとの合同演習”Tandem Thrust ‘01”が実施されるオーストラリアのショールウォーター・ベイ(Shoalwater Bay)訓練区域へと向かった。Tandem Thrust 2001は5月10日から22日まで13日間にわたり実施され、32隻の艦船と約200機の航空機、そして延べ27,000人の将兵が参加する大規模な演習となり、統合作戦計画や上陸演習などが実施された。米海軍からは佐世保に前年配備されたばかりの強襲揚陸艦USS Essex(LHD-2)が初参加するほか、米空軍の無人偵察機RQ-4 グローバル・ホークが初の洋上無人飛行を行い、この演習に参加している。演習終了後、キティー・ホーク戦闘群はシドニーに寄港した後5月29日にオーストラリアを後にし、再度グアムに向かう。グアムでは小休止の後、乗員の家族・関係者を搭乗させ6月8日にグアムを出港、横須賀への帰路、タイガークルーズを実施した。タイガークルーズで家族・関係者に洋上での生活を楽しんでもらったCVW-5は6月9日に厚木にフライインし、空母キティー・ホークは6月11日に横須賀に帰還している。




CVW-5の艦載機を飛行甲板に載せ、シンガポールのチャンギ海軍基地に入港する空母キティー・ホーク
出典: U.S. Navy Photo Archive (2001年3月22日)


一方、Hawk/Fiveチームが”Tandem Thrust ‘01”に向かう途中、米海軍にとって重大な事件が起こる。4月1日、嘉手納基地を発進して南シナ海でSIGINTミッション中のVQ-1のEP-3E “Aries II”電子偵察機(156511/PR32)が、午前9時過ぎに中国の海南島沖、南東に約70マイルの国際空域で中国海軍航空隊の戦闘機J-8IIと空中接触するという事故が起こった。J-8は墜落、パイロット肌脱出したものの行方不明となる。またEP-3Eも損傷を受け、メーデーを発信して海南島にある陵水基地に緊急着陸した。このEP-3Eには男女合わせて24名のクルー(海軍22名、海兵隊1名、空軍1名)が搭乗しており、全員無事であったものの、着陸後中国当局に航空機とともに拘束された。事故の原因を巡り米中の主張はかみ合わず事件解決まで長期化が予測されたが、米中とも関係の悪化回避に動き、外交交渉の末、拘束された24名のクルーは11日間の拘束の後解放、機体の方も5月24日に引き渡しの合意がなされた。しかし中国側が、EP-3Eの自力帰還を拒否したため、米側はロシアの大型輸送機An-124をチャータし、7月3日に分解した機体を搭載して米本土へと持ち帰った。EP-3Eは機密性の高い機体であることから、クルー達は中国側に拘束される前に機密物件の処分や廃棄を行ったと思われるが、機体内部は中国当局により綿密に調査された筈であり、米側の受けた痛手は大きかったであろう。                              



中国海軍の戦闘機J-8IIと空中接触し、海南島で中国当局に拘束されたVQ-1のEP-3E(156511/PR32)。
厚木基地の”WINGS 2000”に地上展示された。
写真: 筆者撮影(2000年7月1日)


米国の建国記念日となる7月4日、VF-154の補充機となるF-14A 2機(158620 & 162171)がトランスパックされ、厚木に到着した。やはりVF-154のトムキャットの老朽化も進んでいるようである。

真夏の7月28日、29日の両日、米海軍厚木航空施設公開のイベント”WINGS 2001”が開催される。この年の“WINGS 2001”は地域からの強い飛行演技中止の要請もあって、展示飛行の無い基地公開となった。そのことが事前に公表されたためか、例年に比べ、入場者も少なく感じられた。しかし地上展示の方は、海兵隊、米空軍、自衛隊の協力もあり、例年同様に多数の展示機が並べられた。

“WINGS 2001”が終わるとCVW-5にはまた訓練の日々が戻ってきた。8月21日からはVF-154のF-14A 6機と、VFA-27、VFA-192、VFA-195のF/A-18C 各機が交替でグアムのアンダーセン米空軍基地に展開し、実弾を使用しての射爆訓練を行っていた。

そんな中、世界中を揺るがすニュースが飛び込んできた。米国同時多発テロである。9月11日の朝(米国東部時間)、4機の旅客機がテロリストにハイジャックされ、ハイジャックされた内3機は、ニューヨークの世界貿易センタービルのツインタワー(北棟と南棟)、そしてバージニア州アーリントンのペンタゴン・ビルへと次々と突っ込み、爆発炎上、乗員・乗客は勿論、ビル内に勤務していた大勢の人々の命が奪われた。また残りの1機は、乗客の反撃でテロリストの目標に突っ込ませなかったもののペンシルバニア州で墜落し、全員が犠牲となった。世界貿易センタービルへ突っ込む旅客機の映像は、人々の見る目を疑わせたが、現実であった。ツインタワーは、旅客機の爆発炎上後、崩壊し、犠牲者を増やすことになり、ニューヨークでの死者は2,749名に上った。

                                 (この章終わり)      




ニューヨークの世界貿易センタービル(南棟)に突っ込む寸前のユナイテッド航空175便
Photographed by Sean Adair/ Reuters



      私のアルバムから
((厚木での最後のエアーショーとなった、”WINGS 2000”における飛行デモの一部を紹介)




VF-154のF-14A 2機とVFA-27のF/A-18C 2機による異機種編隊飛行




VFA-27のF/A-18C 4機による、ダイヤモンド編隊飛行




脚下げの着陸姿勢で会場に進入、アフターバーナーに点火し、上昇に移るVF-154のF-14A(158692/NF101)




脚上げをして急上昇に移るVF-154のF-14A(158692/NF101)




主翼を後退させ、高速で水平旋回を見せるVF-154のF-14A(158692/NF101)




続いて主翼を前進させて旋回上昇し、水平旋回に移るVF-154のF-14A(158692/NF101)




主翼を前進させた状態で水平旋回するVF-154のF-14A(158692/NF101)




水平旋回するVF-154のF-14A(158692/NF101)。アフターバーナーの炎が排気口に見える。




軽快な機動を見せるVAW-115のE-2C(165294/NF601)




ストレーキから渦流を発生させながら、低速高仰角飛行を見せるVFA-195のF/A-18C(164972/NF402)


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Vol.57 2013 July   www.webmodelers.com /Office webmodelers all right reserved /editor Hiromichi Taguchi 田口博通

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