T-2CCV研究機がカナードを付けて初飛行したのは、1984年10月14日だそうだ。離陸した途端、右に左にゆれを繰り返し機首も持ち上げて、墜落寸前だった。数秒後に安定を回復、上昇して行った。この飛行の様子はニュースで流れたそうだが、実はそのとき私は見過ごしていて話を聞いて知った。今ではYoutubeの投稿動画で見ることができる。その映像をみると、引っ込めた脚をまた出したことがわかる。戦時中の飛行士の記事には、何かをして異常が生じたときは、異常発生の前の状態に戻すのだと書いてある。 |
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このとき脚を出したのは、「元に戻した」のだろう。さらにそのとき、パイロットは挙動を抑えるためにシステムを切ったらしい。すばらしい技量だと思う。
『航空ファン』1984年1月号によれば、「フライ・バイ・ワイヤシステムの故障」とあるが、「フライ・バイ・ワイヤ」は電気式操縦装置のことだから、「フライ・バイ・ワイヤ」がダメならその後にも飛べない。制御する「システム」の方に問題があったのだろう。 |