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(Photo) Vickers-Armstrongs 6-ton tank

by  コルディッツ
博物館実機写真

 1928年にヴィッカース-アームストロング社は新型軽戦車の
自主開発を始め、1930年に6t戦車を送り出しました。英国陸軍
は不採用ですが、輸出では成功を収めました。特に車輪2個を
前後に配して1組とし、これをリーフスプリングで吊す方式は
簡素で良好な追従性を約束した技術革新でした。
ソ連とポーランドはライセンス生産権を取得し、T-26やPT-7を
開発しています。中華民国は20輌購入し、1937年の第二次上海
事変で日本軍と交戦しました。シャム(現タイ)も22輌購入し、
1941年のタイ・フランス領インドシナ戦争に投入しています。
日本は研究用に1輌購入して、九五式軽戦車開発の参考にし、
イタリアも評価用に購入し、サスペンション方式を自国で開発
したM13/40中戦車の参考にしています。戦車のパイオニア英国
が戦車の歴史に貢献した典型例ではないでしょうか。
※ 本稿は博物館の標示、「世界の戦車」(コスミック出版)、
Wikipediaを参照しました。

写真は戦車を対比しやすいようにまとめてみました。
①は戦車博物館ボービントンで2019年9月 撮影、
②はパロラ戦車博物館で2018年7月撮影、
③は軍事博物館(スオメンリンナ)で2018年7月撮影です。③はヘルシンキ市内 の6つの島に建設された星型要塞の中に位置します。

 Vickers Mark E Tank … ①


 Mk.Eは輸出用の呼称です。Mk.Eは7.7mm機関銃1挺ずつ装備の
双砲塔型(A型)と、47mm砲とその右横に7.7mm機関銃を装備の
単砲塔型(B型)の2タイプがあります。戦車博物館の船積み?
の展示は、ヴィッカース6tを象徴するようで面白かったです。

 Mk.E戦車搭載の47mm砲(OQF 3ポンド砲) … ②
ヴィッカース6tを一番有効に活用したのはフィンランド陸軍
でした。フィンランドは予算がなく、無武装、無線機と照準器
無しで購入しました。しかし最初に購入した評価試験用の6tは
47mm砲が搭載され、その砲がパロラで展示されています。



 Vickers-Armstrongs 6-ton tank … ②,


 フィンランドは1933年にヴィッカース6tを評価し、32輌を
発注しましたが、入手できたのは1939年の「冬戦争」開始後に
なりました。フィンランドは国産化していたスウェーデンの
ボーフォース37mm対戦車砲を装備、1940年2月にホンカニエミ
の戦闘に投入し、6輌中5輌を戦闘で喪ったとありました。
 冬戦争では砲塔に白と青の帯を識別用に入れました。  

 Vickers-Armstrongs 6-ton tank … ②&③


 1941年6月「継続戦争」が始り、ヴィッカース6tは再投入され
ます。この時フィンランドは冬戦争で捕獲したソ連製の46口径
45mm戦車砲装備に切り替えていました。識別用標示は逆さ卍に
なっています。


 Vickers Mark E Tank … ①


 正面からの撮影。ドイツとソ連の戦車開発は有名ですが、英国
の戦車開発も、世界に与えた影響は大であると思います。

 Vickers-Armstrongs 6-ton tank … ②&③






 Vickers Mark E Tank … ①


 車体後部の撮影。マフラーの一部がないようです。

 Vickers-Armstrongs 6-ton tank … ②&③


 パロラの屋内(冬戦争版)と屋外(継続戦争版)では後部に
変化があり、特にダクトは顕著です。屋外はマフラーが欠損の
ようです。



 軍事博物館(スオメンリンナ)の後部はパロラの屋外と同じ
ようです。この違いを説明する資料に行き着きませんでした。 



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