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(Photo) スーパーマリンのジェット機

by  コルディッツ
博物館実機写真

 第二次世界大戦前にスーパーマリン社は、シュナイダー・トロフィ・レースを制覇したS.5、S.6、S.6Bの水上機製造やウォーラス飛行艇やスピットファイアの開発に成功した企業でした。しかしジェット・エンジンの時代になると、航空機開発はアタッカー、スウィフト、シミターと不作続きです。
かくしてスーパーマリン社は1960年にBACに統合され、社名も消滅します。スピットファイアを設計したレジナルド・ ジョセフ・ミッチェル技師が、1937年に42歳で逝去したのが要因かと。事実スピットファイア以降、スーパーマリン社が傑出した高性能のジェット機を作る事は、ありませんでした。
※ 本稿は博物館の標示、Wikipediaを参照しました。

   Supermarine Attacker F.1 WA473
 艦隊航空隊博物館(ヨービルトン)にて


 上は2004年1月、下は2016年4月撮影です。
 アタッカーは、スピットファイアの発展型である戦闘機スパイトフルの主翼を流用して開発されました。成功したレシプロ機の主翼を用いたジェット機には、Yak-3からYak-15、P51からFJ-1などがあり、ジェット機開発の手間と時間を省けるメリットがありました。
 1946年に初飛行。一時は空軍も採用を考慮しますが、低性能のため海軍のみで運用されました。



  エンジンはロールス・ロイス ニーンMk.3 推力2,313kg が1基で、最大速度949km/h。
武装は20mm機関砲4門。185機が生産されて、イギリス海軍航空隊とパキスタン空軍で運用されました。尾輪式のため、ノズルからの排気が空母甲板を傷めるので、ホーカー・シーホークと交代して行きます。イギリス海軍では、発のジェット艦上戦闘機として、1951年から1955年までの4年間使われ、1957年に退役しました。



 Supermarine Swift F.4 Prototype WK198
 ブルックランド博物館(サリー州)にて


 スウィフトは、アタッカーを後退翼にしたタイプ510が、1948年に初飛行に成功した事に始まります。ホーカー・ハンター機の開発の保険として発注されました。



 2024年4月撮影。ブルックランド博物館の展示機は、F4のプロトタイプ。1953年に世界速度記録(1,187km/h)を達成しました。
 エンジンはロールス・ロイス エイヴォンMk.114 推力3,255kg 2基。最大速度1,147km/hで、武装は30mmアデン機関砲2門。生産は197機に留まり、配備はイギリス空軍のみで1954年から1967年まで運用されました。
ホーカー・ハンターの大成功の陰に消えていきます。



  Supermarine Scimitar F.1 XD317
 艦隊航空隊博物館(ヨービルトン)にて 




 2016年4月撮影。シミターはイギリス海軍初の後退翼のジェット戦闘機で、攻撃機としても運用されました。1956年1月に初飛行に成功し、イギリス海軍に於いては1957年から1966年まで使われました。
 エンジンはロールス・ロイス エイボン202で推力5,013kg 2基。最大速度は1,185km/h.



  武装は30mmアデン機関砲4門。ミサイル4発の搭載が可能です。また戦術核爆弾1発を搭載出来ます。
全天候のデ・ハビランド・シーヴィクセンが戦闘機の、ブラックバーン・バッカ二アが攻撃機の、役割を担う後継機が登場したため、76機という少数生産に終わりました。  




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