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誌上個展

<日本航空史> アンリー・ファルマン機の初飛行

  by 加藤 寛之
プラモデル コラム

 本Web誌2026年1月号の「お戻りになった航空神社 ~「運び出された航空神社」その後 ~」の関連記事。いつかはとりあげなければならないテーマだったが、あまりにも有名なので後回しにしていた。でも、登場のチャンスかと考えた。



  徳川大尉のファルマン機初飛行の様子を伝える基本的な資料は、徳川氏が著した『日本航空事始』(出版協同社、昭和39年)だと思う。なにしろ本人が書いている。『日本航空史 明治・大正編』(日本航空協会、昭和31年)も徳川氏が監修委員にあるから、これも基本的な資料に該当するだろう。読み物化しているが興味深いものに、小橋良夫氏が『航空ファン』連載した「軍航空の夜明け 陸軍編」がある。徳川氏の初飛行は、その1972年6月号から9月号にある。小橋氏の記事は徳川氏の『日本航空事始』に基づいていていることは明らかだが、『日本航空事始』に書いていないことも多く書いてある。その理由は調査していないが、記述をみると小橋氏は当時を知る方に直接取材していたようだ。



 例えば、アンリー・ファルマン機が船で横浜に到着したときの記述に、徳川氏の『日本航空事始』には「長さ12メートル、高さも幅も2メートルという大梱包である」とある。主翼を組み立てたままで梱包したからこの大きさなのだが、文字ではよく分からない。それを小橋良夫氏は『航空ファン』6月号で図解している。組み立て後の試運転の様子も、『日本航空事始』では文字だけだが、小橋良夫氏はこれも図解している。プロペラ推力の測定も、『日本航空事始』では記述のなかで記しただけだが、小橋良夫氏の記述では発動機試験のあとに行ったように書いてある。つまり、とても詳しいのだ。小橋良夫氏は「筆者が取材した、このときの整備兵・大島儀三郎元1等卒は…」とも記述しているので、この方から具体的に聞いたのかもしれない。

 アンリー・ファルマン機は、現:航空自衛隊入間基地の教育参考館に陳列してあった(という)ものが、米軍に接収されてライトパターソン空軍博物館に保存してあったものが日米修好100周年を記念して返還されたもので、その話を小橋良夫氏が『航空ファン』1960年7月号に寄稿している。同号には返還の様子が見開き2ページの写真で紹介されている。この返還にはC-130ハーキュリーズが空輸して、「一個の大きな梱包」だったとある。



 掲載のうち、徳川氏の飛行免許状と初飛行の写真は私がネットオークションで入手したもの。誰かがどこかで複製したのだろうが、競争相手はいなかった。何で出回っているのかも不思議だが、普通に誰でも買えるようにして流通していたのだろうか。本Web誌2025年2月の山田式飛行船の写真もそうだったが、徳川氏の飛行免許状と初飛行の写真も古いことすぎて何だかわからなかったのかもしれない。…プラモデルもないしね。 



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